16 January 2026
音楽と映像の交差点。MV「The moment」共創の軌跡―no.9 × 石濱靖登 対談
作曲家・城 隆之さん率いるno.9 orchestraが発表した楽曲「The moment」。写真家・井田宗秀氏の写真集「EXPRESSWAY」からインスピレーションを受けて生まれたこの楽曲のミュージックビデオを、石濱が制作しました。
今回は、flapper3石濱(写真 左)と、no.9名義で活動を続ける城隆之さん(写真 右)が楽曲「The moment」のミュージックビデオ制作を振り返りながら、自身のルーツや音と映像の関係性、クライアントワークと作品づくりの違いなどを深く語り合いました。
音楽と映像、「好奇心」からはじまったそれぞれのルーツ
─はじめに、お2人の活動のルーツを聞いてみたいと思います。城さんは作曲家、音楽プロデューサーとして、テレビCMやWeb広告、映像作品など幅広いサウンドデザインを手掛けるだけでなく、no.9/ no.9 orchestra名義でアーティスト活動もされています。どのような経緯で音楽活動を始められたのでしょうか。
城:学生時代に、アートの授業で出会った先生とバンドを組んだことがきっかけだと思います。もともと僕はギターを少し弾いてたんですが、その先生がやっていたのはドローンミュージックや宗教ロックのような、アバンギャルドな音楽。18歳の自分にとってはかなり刺激的だったんです。その先生と活動をしているうちに、僕は現代音楽と実験音楽に没頭していきました。20代のほとんどは、コンピューターとさまざまな外部機器を組み合わせて、実験的に音楽を作っていたと思います。そういう「手探りの中の音楽」が僕のルーツですね。
当時は、音が鳴るだけで感動するくらいコントロールが難しかった時代。それでも初期のコンピューターに音楽ソフトをいれたり、カセットテープのMTRで多重録音や逆再生したり……。そうした音遊びの中の音楽を追求し、最終的に今no.9でやっているようなエレクトロニカにたどり着いた、という感じです。
─ 石濱さんはCGやモーショングラフィックスを使ったライブ映像やPVなど、flapper3で幅広い映像を手掛けています。個人では「安倉」名義で10年ほど前から映像制作を続けられてるそうですが、映像に興味を持ったきっかけは?
石濱:小さい頃から、撮られるよりも撮る方が好きだったんですよね。幼少期は親のガラケーを借りて、カメラでとにかくいろいろなものを撮っていたそうです。親から聞いた話だと、散歩中に「きれいな花があるよ」と話しかけても、「きれい!」とコメントすることもなく、ただただ撮影していたとか(笑)。機械も好きで、家にあったビデオカメラをよく触っていたような子どもでした。
城:14歳ぐらいからYouTubeに動画をアップしてるんだよね。
石濱:はい、僕はYouTube世代なんですよ。YouTubeで動画を投稿するベースがあったので、いつしか「映像を扱う仕事に就きたい」という憧れが生まれました。高校生からはモーショングラフィックスやCGを使った映像の制作を開始。そして大学でサウンド、映画、インスタレーションなどの芸術を総合的に学び、今に至ります。
no.9 orchestra / The moment
写真から音楽へ、音楽から映像へ─「瞬間」をつなぐ共創からうまれたMV
─ここからは、「The moment」という楽曲と、今回共創したミュージックビデオについてお伺いします。まずは城さんに、どのようなコンセプトで作られた楽曲なのかお聞きしてもよろしいでしょうか。
城:井田宗秀さんの写真集「EXPRESSWAY」からインスピレーションを受けて作った楽曲です。この写真集は、車好きでもある彼が、高速道路を走る時に漠然と感じていた「何か」を、実際に首都高を走行しながら写真で視覚化した一冊です。時速100kmで流れ行く景色、その「瞬間」を切り取るような写真の数々が収められています。
「The moment」は、「瞬間芸術」である写真と、「時間芸術」である音楽――その合間を埋めるような、想像させるような音楽を目指してコンセプチュアルに作っています。シャッターを切る瞬間の緊張感、シャッターからシャッターまでの“間”、高速道路のスピード感などを音楽的に表現しています。たとえば曲の冒頭に聞こえるピアノの音は、シャッターをイメージしています。
─石濱さんは、井田さんの写真と城さんの音楽を渡された時、どのようなアプローチを考えたのでしょうか。
石濱:最初のピアノの音を聞いた時、「瞬間」を大事にしてるという感覚がすごく伝わってきました。ただ、単純に写真を並べて構成するだけでは、中盤にかけての高速道路を走る疾走感や、そこから切り取られた「瞬間」の雰囲気を引き出せないと思ったんです。そこで、考えたのが「写真をもう1度動かしたらどうなるんだろう」というアプローチ。元の写真データから深度マップ(奥行きの情報を示すデータ)を生成し、それをもとに立体的な動きをつけた映像表現に挑戦しました。
瞬間を切り取った写真のなかにはブレているものもありますが、そこから深度マップを生成するときっと面白い形になる。実際の風景を完全に再現するわけではないからこそ、映像としての独特の面白さが生まれるのではないかと思い、提案させていただきました。
城:今回の手法は、まさにテクノロジーで遊んでいる感じがあったよね。写真に立体感を出すときに使う手法だと思うけど、その用途を超えて、写真をもとに別の作品を生み出すレベルでエディットしてる。そこに面白みがあったと思います。
ただ、今だから言えるけど……楽曲制作に取り掛かるうえで、井田くんの写真を並べたスライドムービーを自分で作ってたんだよね。だから、後に石濱くんがMVを作るとなったときに、どうしようって思っていました(笑)。
石濱:知りませんでした……! でもそれを見ていたら、スライドに引っ張られた表現になってしまっていたかもしれませんね。
城:結果的に、見なくてよかったと思ってるよ。ミュージックビデオの前に一度ティザーを作ってもらったのですが、その時、写真が時間をまた取り戻したような印象を受けました。写真自体は止まっているけど、僕はその写真からインスピレーションを受けて音楽を作ったし、安倉くんは映像を作った。全員が写真からムーブを起こしてるような感覚を受けて、すごく感動したのを覚えています。
ブラック・ボックスに音を投げ込む楽しみがあった
─そもそもなぜ今回、flapper3にMV制作を依頼されたのでしょうか。
城:以前「History of the Day」というアルバムのトレーラーをflapper3に作ってもらったのですが、平面のジャケットビジュアルが3Dになって返ってきたんです。島が浮いてて、鳥が飛んでいて……「何だこれ!」と驚きました。その時から、次のミュージックビデオはflapper3にと思っていました。
no.9 7th album [ The History of the Day ]
城:あともう一つ、ブラックボックスに音を投げ込むような楽しみがあると思ったんですよね。もともとflapper3のメンバー数名とは近い界隈で活動をしていて古い付き合いがありますし、WebページのSEや広告音楽など、さまざまな仕事を一緒に手掛けてきました。でもその会社のなかには、僕も知らないギークなクリエイターが入れ替わり立ち替わり存在している。どんな映像が返ってくるかはわからないけれど、「今この瞬間」の作品が出てくる気がして、それが楽しみだったんです。
─そうして石濱さんに、制作のお話が来たわけですね。
石濱:はい。それまで僕はリリックありきのMVをつくることが多かったので、歌詞やコーラスのない楽曲のMV制作を写真だけで作るというのは挑戦でもあったんです。面白そうだし、得られるものも大きいと思い制作に挑みました。その縛りがあるからこそ生まれたのが、今回の表現だったと思います。
城:写真だけでインスト曲のMVを作るって、結構縛りがあるよね。僕がコンピューターと一緒に実験音楽をやっていた時も、今とはテクノロジーが全く違うから制限が多くて。不自由さゆえの方法を考えなきゃいけなかったけど、その制限の先に生まれる芸術が絶対にあるはずだと思ってやっていました。
石濱:わかります。制限のある環境の方が、試行錯誤しようという脳が働くんですよね。そうした不自由さの中から生まれる美しさを目指したかったんだと思います。
no.9 orchestra / The moment MV teaser movie
制約の中で迷いながらもたどり着いた、グルーヴを感じる映像
─MVの制作過程で印象に残っていることはありますか?
城:本制作の前に作ってもらったティザー映像の完成度が高すぎて! だから約3分半ある「The moment」のMVは、「この後どうやって展開していくんだろう?」と思っていました。初校を最初に見たときは、少し「MVにしようとしている感」が強かったかな。見る人を飽きさせないために映像としての動きを増やさなきゃいけないけれど、飽きさせないためだけの動きにはしたくない。それが「映像として必要な動きなのかどうか」と、フィードバックした記憶があります。
石濱:ティザーはあまり迷いなく作れたのですが、その後は結構苦しみながら作っていましたね……。「ティザーでやりすぎたかもしれない」と感じた部分があって、ティザーの雰囲気と本編の雰囲気を滑らかに、どう調和させるかはかなり意識しました。
城:あの作品は、写真を撮るときの“シャッターを切る緊張感”が根底にあると思うんです。だから、シャッターを押しているときに写真が回ったり、ぐにゃりと動くような表現には違和感があって。曲とのグルーヴが合わないと思い、そのあたりを中心に修正をお願いしました。でも、全体としては僕の想像を超えるものでしたね。僕はYouTubeでダンス動画を見るのがすごく好きで。上手なダンサーは拍やビートの取り方が立体的で、音楽のグルーヴが可視化されるような感覚があるんです。映像にもそれと同じようなことが言えると思っています。ただ、グルーヴを生み出す映像もあれば、逆に止めてしまう映像もある。そのなかでも安倉くんの映像は、最終的にしっかりとグルーヴを感じるものでした。
あと、いい意味で“雑”なところが魅力に感じました。たとえば、サイズが全然違う写真がバンバンと出てくるところがあるでしょう? 僕は几帳面だから絶対揃えると思うんだけど、“雑さ”をいい塩梅で表現の中に入れてさらけ出している。そこにクリエイターの資質と鮮度を感じました。
石濱:「こういう表現を選んだ以上やりきるしかない!」と思っていたとこもありましたが、多少無骨でもその方が面白い表現ができると考えたんです。
城:そのほうが、作品感がでるよね。僕も普段やっている広告音楽と作品づくりの違いは明確にしたいと思っていて。今回はまさにクライアントワークではない「作品」としての映像が完成したと思います。
でも最終的に感動したのは、石濱くんがXに投稿していた「写真だけで構成されたMVを制作しました!」という言葉なんですよね(笑)。その言葉だけで映像の意図やすごさが伝わってくるし、興味を持って曲を聴いてくれる人もいる。「The moment」のMVとしての役割をもう一段引き上げていたと思います。
音楽と映像は、いまや切っても切り離せないもの
─MVの役割についても聞いてみたいと思います。ミュージックビデオは音楽の延長なのか、それとも独立した作品なのか……。お2人はどう捉えていますか。
城:必ず相互関係があるから、独立した作品とは思わないかな。ただ、僕はどちらかというと映像に音を付けるのが好きですね。
石濱:そうなんですね! 僕としては、MVはやっぱり音楽が主役だと感じます。だから、最終的に「曲だけ聞ければ、映像は見なくていい」ということもあると思っていて……。でも今回の映像は、井田さんの素晴らしい写真素材をたくさんいただいていたこともあり、少しでも「映像と音楽を合わせて一つの作品として成立させられないか」という意識を強く持って制作していました。
城:今はそういう関係性があるよね。僕も音楽を作っている時、MVを若干イメージして作っています。そのほうが面白味も出るし、立体的に考えられるんです。そして何より、今の時代はビジュアルが大事。Instagramに楽曲をアップする時、ビジュアルがなければアップすることはできないですから。ビジュアルがあることで、音楽を聴いてくれるきっかけになる。そういう意味では、お互いに高め合っていくような存在なんじゃないかな。
石濱: 今の時代、TikTokのようなショート動画を見て「この曲いいね」と音楽を知るという人も多いと思いますし、一方音楽を聴いて映像を思い浮かべる人もいる。映像と音楽は切っても切り離せない関係なのだと思っています。
自主制作での挑戦は、仕事の幅も広げてくれる
─今回のMVはお2人の共創から生まれた「作品」だと思いますが、クライアントワークと自身の作品制作の棲み分けについては、どのように考えていますか。
城:クライアントワークは、予算や納期、目的が決まっています。商品を売る、商品をよく見せるとか。そこが作品制作との違いだと思います。
石濱:ゴールが掲げられている道を歩く感覚がありますね。
城:目的のためにお互いの出せる素材を準備して、予算内でいかに素晴らしいものを作れるか……圧倒的な面白さがそこにあるんですよね。各人が持つ技術を全てつぎ込んで、打ち合わせで相手が想像していた「こういう感じ」のちょっと上を出すのが僕らの仕事。「思っていたよりもちょっといいぞ!」みたいな(笑)。この「ちょっと」が結構重要だと思っています。
─では、自分の作品はどうでしょう。石濱さんは個人制作を続けているのですか?
石濱:映像作家はクライアントワークが向いている人と、個人の色を出す自分の作品のほうが作りやすい人がいると思っています。個人的には、ある程度のガイドがあったほうがやりやすいタイプ。大学時代はいろいろと作っていたのですが、自分の作品は難産で……。
城:音楽と映像では工数も違うからね。音楽はある程度フォーマットができているので、リリースの目的やモチベーションを持ちやすいけど、映像はどうしてもSNSなどに無料でアップすることが多いから、自分のプロモーション以外のモチベーションにはなりにくいのかもしれないですね。
でも僕は、音楽家も映像作家も、作品はライフワークとしてつくるべきだと思っています。音楽家になることはいったん誰にでもできるけど、音楽家で居続ける、映像作家で居続けることは結構難しい。好奇心が枯れた瞬間に作家ではなくなるんだよ。だからSNSも、「好奇心を刺激してくれ!」と思いながら見ている部分があります。
石濱:たしかにそうかもしれないです。定期的に自分を出せる作品をつくらないと、そのパッションが死んでしまうと感じます。
城:もちろんクライアントワークだけでも生きていけます。でも、今回のMVはクライアントワークでやらない表現だったじゃない? そういう作品に挑戦すると、クライアントに「こういう表現も可能です」と提案できるようになって、幅は確実に広がっていくと思います。
進化し続けるテクノロジーと共に、表現を追求し続ける
─最後に、今後挑戦してみたいことを教えてください。
城:僕は今、7、8年かけて9枚目のアルバムを作っているのですが、no.9という名義で活動していることもあり、9枚目で一区切りにしたいなと思っています。
僕は、アルバム制作は自分の制作人生の階段を一段のぼるようなイメージをしていて、今の時代のように作った楽曲をすぐにリリースしていると坂道のような登り坂になる。それは自分から見える景色が変わっていることに気づきにくいんだよね。
だから、今はアルバムをアルバムとして丁寧に作りたい。作品を作りきって、次に進む。9枚目が作り終わったらまた新しい何かを作っているとは思います。
石濱:その節目節目で、僕も関われたら嬉しいです!
城:ぜひまた一緒にやりたいね。その時はテクノロジーもさらに進歩しているだろうから、今とはもっと違うことができるかもしれないし。
─石濱さんは、どんな映像作品に挑戦していきたいですか?
石濱:実験的にいろいろな映像表現にチャレンジしてみたいと思います。今、実験音楽的な表現がメジャーシーンに流れてきていると思いますが、映像も同じようにチャンスがあると感じています。例えば、見た目は実写の現実空間なのに、そこにある物体の形や世界が音に応じて変化する……みたいな。CGやAIなどのテクノロジーを駆使しながら、音に合っていて、見ていて気持ちのいい映像制作に挑戦していこうと思っています。そのためにも基礎をflapper3で磨きつつ、可能性を広げていきたいです。
MEMBER
INTERNAL
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CG DESIGNER
YASUTO ISHIHAMA
EXTERNAL
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no.9